最近、仕事で小さな、けれど無視できない「あれ?」と思うことが頻繁に起こっていました。
- チームミーティングで同じ話を聞いていたはずなのに、上司と私の間で、プロジェクトの優先順位に関する認識が根本からズレている。
- クライアントに時間をかけて丁寧に説明したつもりが、後日「そういう意味だったんですね」とまるで初耳のようなリアクションをされる。
- メールで明確に指示を出したはずが、戻ってきた成果物が私の想定と大きくかけ離れたものだったり。
「ちゃんと伝えたのに…」「言われた通りやったのに…」「普通、これくらい理解するでしょ…」
そんな、行き場のないもやもやと、自分自身への疑念を抱えていた時、書店で目に飛び込んできたのが、西林克彦さんの『わかったつもり~読解力がつかない本当の原因~』でした。これは、単なるビジネス書ではなく、私たち人間のコミュニケーションの根本的な構造を解き明かす一冊でした。
📚 今回、モヤモヤを解消してくれた本
わかったつもり 読解力がつかない本当の原因
著者: 西林克彦
出版社: 光文社新書
🔍 なぜ人は「わかったつもり」という錯覚に陥るのか
この本がすごいのは、タイトルで読者の心を掴むだけでなく、「なぜズレるのか」というメカニズムを認知心理学の視点から、徹底的に、そして非常にわかりやすく解説してくれている点です。
読み始めてすぐ、「ああ、これだ。私の抱えていたモヤモヤの正体はこれだったのか」と深く納得しました。
鍵となるのが、「スキーマによる情報の補完」です。
著者が紹介する「赤い部屋」の実験の話は、特に強烈に印象に残っています。被験者に「赤い部屋に入った」という一文を読ませると、多くの人が『壁が赤い部屋』を何の疑いもなく想像してしまうそうです。しかし、文章には「壁が赤い」とは一言も書かれていません。赤い照明の部屋かもしれないし、赤い家具がいくつか置いてある部屋かもしれない。
これは、私たち人間が、文章に書かれていない不足した情報を、過去の経験や知識(スキーマ)を使って無意識のうちに補完し、勝手に一つの完成したイメージを作り上げてしまうという認知の働きがあるからです。
この「無意識の補完作業」こそが、「わかったつもり」の正体であり、コミュニケーションにおけるすれ違いの根源だったのです。
💔 仕事で発生する「すれ違い」のリアルな構造
この理論を仕事に当てはめてみると、日々の業務で発生していた小さな、しかし深刻なズレの理由が、驚くほどストンと腑に落ちました。
例えば、私が以前、後輩に「来週までにこの企画の資料を作っておいてください」と依頼した時のことです。私の頭の中のスキーマは、「会議資料=月曜朝一の定例で使うもの=金曜の終業時までに完成・共有が必須」というものでした。しかし、後輩のスキーマは、「来週まで=火曜日や水曜日に提出しても許容される納期」だったのです。
結果、月曜の朝、私は資料がないことに焦り、後輩は「すみません、今日中には仕上げます!」と慌てて連絡をしてくるという事態に。お互い悪気はないのに、納期というたった一つの言葉に対する「背景知識(スキーマ)」が違っただけで、大きなエラーが生まれてしまったのです。
🚨 要注意!「部分に注目しすぎる」という罠
特に、私自身が痛感したのが、本書の第3章あたりで指摘されている「文章(会話)の一部だけに注目し、全体の文脈を見失う」という傾向です。
以前、クライアントとの打ち合わせで、先方が「今は予算的にかなり厳しくて…」と口にした瞬間、私は反射的に「予算」というキーワードだけに反応してしまいました。そして、「では、仕様を落として安いプランをご提案します」と、早急に結論を出し、会話を進めてしまったのです。
しかし、後で議事録を読み返すと、クライアントは「今期の予算は厳しいけど、来期なら大型投資の可能性がある」という、未来に向けた前向きなニュアンスも伝えていたことがわかりました。私が「予算がない=安いものを求めている」と短絡的に解釈し、全体像を把握しきれていなかったために、大きなビジネスチャンスを見落とすところだったのです。
本書では、このような「部分的理解」から抜け出し、本当に相手が言いたいことを掴むために、常に「本当にそう言っているのか?その前提は何か?」と自分に問いかける習慣化の重要性を説いています。
✨ この本を読んでからの実践と変化
この『わかったつもり』を読み込んでから、私は自分の仕事の進め方、特に指示を出す時と情報を受け取る時の行動を、意識的に変えるようにしました。
伝えるときの変化
- 具体的な期限と目的の明記: 「来週までに」ではなく、「金曜17時までに、月曜朝の会議で決定事項として使う資料」と言うようにしました。
- 前提条件の共有: 議事録やメールの冒頭に、「今回の提案の背景にあるA社の経営課題は○○である」といった前提を必ず明記するようにしました。
受け取るときの変化
- 「確認の習慣」の導入: 相手の話を聞き終わった後、必ず「つまり、Aという課題に対して、Bというアプローチを、今週中に行うということですね」と、自分の言葉で要約してフィードバックする。
- メモの取り方の改善: ただの事実だけでなく、「自分の解釈」と「実際に言われた事実」を分けて書き残すようにした。
これらの小さな習慣を取り入れた結果、「そういう意味じゃなかった」という認識のズレが劇的に減少し、チーム内のコミュニケーション効率が格段に向上したのを実感しています。
🎯 こんな「モヤモヤ」を抱える全ての人へ
『わかったつもり』は、読解力は才能ではなく、意識的な訓練によって確実に身につくスキルだと繰り返し強調しています。
「わかったつもり」から脱却するためには、面倒に感じるかもしれない「確認」や「前提のすり合わせ」を、仕事の質を上げるための必須プロセスとして捉える必要があります。
✅ この本を心からおすすめしたい人
- 職場で「認識のズレ」によるミスが絶えないと感じている人
- 「ちゃんと説明したのに伝わらない」と、自分の伝え方に悩んでいる人
- 読解力や論理的思考力を本気で高めたい全ての社会人
- メンバーとのコミュニケーションエラーを減らしたいチームリーダー
日常の小さな違和感や、日々の「伝わらない」という問題に、正面から科学的に向き合うための良書です。
この本は、私たちがいかに多くのことを「わかったつもり」で済ませていたかという衝撃的な気づきを与えてくれると同時に、その具体的な解決策を示してくれました。仕事での小さなすれ違いに悩んでいる方こそ、ぜひ手に取ってみてください。


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